2015年御翼1月号その3

悲嘆力

      

 シスターの高木慶子さんが、著書『それでも人は生かされている』(PHP研究所)の中で以下のように記しておられる。
 米国で銃撃事件が起こった。プロテスタントの一派アーミッシュの女の子が犯人の男が銃を乱射しているとき、「私を撃って、これで最後にして!」と言って前に出て来たという。犯人はその子を銃で撃ち、その場で自害した。勇気ある少女のお陰で事件は終わったが、少女の両親は悲嘆したはずである。ところがそのアーミッシュの両親は、加害者の両親に慈しみの言葉をかけたのだ。「一緒に悲しみましょう。一緒に、あなたの息子さんもとむらいましょう」と。
 なぜ、そのようなことができたのかというあzと、そのご両親の思いは、平和な街をつくっていくことだったからである。ここで自分たちが恨み、つらみの感情を抱けば、あるいは倍返しでもすれば、憎しみの気持ちは断ち切れない。この両親の態度は、人智を超えた方からの力がなければ、簡単にはできない。

悲嘆力を日本に定着させたい理由 
 私は今、「悲嘆力」を社会的に認知させていきたいと思います。その目的は二つあります。
 一つは、私たちが「悲しい」「苦しい」というマイナス感情を持てるということは、それだけの力、エネルギーを持っているという、一つの証であるということ。ですから苦しんでいるとき、悲しんでいるとき、自分自身で、自分の今の状況を少しでも、飛躍の前兆なのだと理解してほしいのです。それともう一つ、その、マイナス感情を、私たちは、プラスにすることができる能力を持っているということに、気づいていただきたいのです。ひとたびプラスになったエネルギーは人を助けることができるようになります。その力が今、悲嘆している人の心を和らげ、生きる希望へといざないます。
 人は人との関わりの中で生きていきます。その中で感謝されることは、人生の最大の喜びです。例えば、ターミナルケアをしているとき、病人の方がたったひと言、「先生、ありがとうございました」と言ってくださるときです。このひと言が私にどれだけの喜びを与えてくださるか。まさに死を前にしている方から勇気と励ましをいただいているのです。言葉一つだけでも、人様を励まし、支えることができるということなのです。そういう意味では、人間は死ぬまで、人を支えることができる。人を励ますことができる存在なのです。
 今、私が確信を持っていえることは、「どんな人でも悲嘆力を持っている。だから一人ひとりが持っている力を、十分に発揮しましょう」ということです。どんなに苦しんでいる方に対しても、「あなたが、今苦しんでいる力こそがあなたの力なのよ」と言いたいのです。苦しむためにも力がいります。エネルギーがなかったら苦しむことすらできません。そして悲しみのエネルギーが変容を遂げ、悲嘆力によって大きく立ち直ったとき、その人の持つ力の素晴らしさ、人間としての強さと慈しみは、人々に光を与えることでしょう。そして、「私自身の悲嘆の経験を人様のために生かしたい」という思いやりのエネルギーに変わり、世のため、人のために何か貢献をしようと力強い第一歩を踏み出していくのです。一人ひとりがそのような力を発揮したら、世界は変わると思いませんか?
高木慶子『それでも人は生かされている』(PHP研究所)より

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